+11α。偽物が偽物を超えるには、本物同様に自分なりのオリジナリティーを加える必要があります。2926.08.07更新

こんにちは。αと白眉の超簡単な世界ブログのベータです。今回のテーマは盗作についてです。盗作と言うとイメージはあまり良くなく、倫理的にも良くないことだとされています。知的財産権のような法律でも創作者の権利として創作者は厳重に守られています。

いろいろな芸術の世界では、あるいは学問の世界では、盗作のニュースが世間を騒がしてきたことでしょう。僕は、このような盗作行為は初歩的な技術であれば、問題ないと思います。むしろ初歩である基本となる技術を徹底的に模倣して何度も何度も形になるまで練習を積み重ねることで、基礎としての土台がしっかりしてきます。その後は、自分なりのオリジナルである我流を行けば応用を築くことが出来るのです。

基礎は大事な基本です。相手の技術を120%盗もうとしても、模倣は決して本家には勝てないのです。真似をする相手方の応用は盗むのではなく、ヒントを得るものと言えるのです。偽物が偽物を超えて本物になるには偽物としてオリジナルにならなければならないのです。

つまり、そのような応用はある場面で有効に働くように、その方法自体ではなく、考え方を学べば良いのです。そのうち僕たちが真似をした相手方が、なぜ、そのように応用しようと思ったのかというフレームワークを理解できるようになるのです。つまり、模倣したい相手の考え方を学ぶことで、その思考回路に、より近い発想ができるようになるのです。

結局、僕は現時点で勉強や学習とは創作者の思考回路を模倣することだと思います。このような思考の枠組み、つまりフレームワークこそ創作者の重要な技術であると言えます。このようなフレームワークを考えることで、あなたは新しい発想を生み出すことが出来るようになるのです。

僕は一つ確認したいのですが、あなたは勉強や学習をするという時に、何を重視していますか。一般的には、学んだ内容が記憶に残ること、或いはイザという時に、その知識を利用できることではないでしょうか。僕はこのような勉強や学習方法は、一つの目的としては、アリだと思います。

その上で、作者本人のつもりになって、どのような思考を経て、このような知的財産を生み出したのか考えてみることは、とても重要な判断であると言えます。僕は、この記事を書いていて、何を考えているかというと、より有意義な学習方法について考えています。

昔の小学校の課題であれば、国語の時間に小説の作者の気持ちを考えてみるという課題があったと思います。作者は何を考えて、このような作品を書いたのでしょうか。つまり、作者の気分や感情について国語の設題ではアナタに課題として問われることがあったことでしょう。

しかし、僕が今回、テーマとしている作者の思考回路とは、言わば小説を書くためのテクニック、つまり小説を書くための思考回路について模倣することです。その模倣も基礎だけ真似れば良くて、120%著者自身と同じことが出来る必要はありません。つまり、丸ごと盗作しても、盗んだ方は小説の続きを書けないということです。

作者本人と盗んだ相手とが自分の知的財産だと対立した時、どちらが本当の作者かは小説の続きを書かせれば簡単に分かるのです。盗んだ相手方は決して小説の続きを書けないでしょう。

さて、技術は初歩的な基礎だけを学べばいいことを述べました。基礎自体も膨大な試行の積み重ねであり、とても重要な先人のレガシーであると言えます。その土台の上に自分のオリジナルを積み上げていくことで、より高みへと天を舞うことが出来るでしょう。

実際、僕はこのような盗作事件を見てきたことがありますが、偽物が本物に勝つことは決してなかったと思います。偽物が本物に勝つためには先程も述べたように偽物としてオリジナルを生み出し偽物を超える必要があるからです。偽物が本物を超えた時、偽物は「本当」になるのでしょう。

このことに関して、特に深い意味はないですが、誰かしら何かに影響されて、芸術や学問を究めようとしています。大きな影響を与えることが出来る本物は、たくさんの偽物を生み出しますが、その一方で、その偽物の一握りが本当になるのではないでしょうか。本物に勝つには、自身で知的財産としての付加価値を生み出す「本当」になる必要があるのです。

さて、僕はここまでツラツラと盗作の話を書いてきましたが、真似をするだけの偽物に意味はありません。偽物が偽物を超えるには、本物同様に自分なりのオリジナリティーを加える必要があります。自分のオリジナルを加えて、偽物も初めて評価される時が来るのです。偽物が偽物を超えて本物、或いは本当になる時を願っています。以上です。ご成長ありがとうございました。ベータでした。また会おう、アルファ。

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